第17回GRS海外協力事業
イラクの子供たちにミルクと薬を!
1992年(平成4年)7月29日〜8月15日
イラク・レッドクレセント(赤新月社)のカリファ総裁(中央・左)、アロウシ事務総長(中央・右)と会見する久山祟彦法大教授(左)と五味武理事長(右)
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1週間分のミルクは、どんなにうすめても1か月しかもたない。あとは砂糖水を代わりに――(モースル病院)
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直接ベッドの母子にミルクを配る五味団長(アロウィヤ病院)
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湾岸戦争終結から一年半。長引き経済封鎖の影響で、ミルクや医薬品の不足に喘ぐイラク、栄養失調や病気で死亡する子供たちは、湾岸戦争前の10倍以上といわれる。「グローバル・レインボーシップ」(五味武団長以下4名)と「イラクの子供を救う会」(久山崇彦会長以下5名)が、7月29日から8月15日までの日程でイラクを訪れた。 一行はヨルダンで買い付けた約7万ドルの大量の粉ミルクと医薬品と、日本から持参した5万本の注射針を、25トントラックに満載し、アンマンからバグダッドまで約1000キロを20時間近くかけて陸送。イラク赤新月社の協力によりバグダッド周辺200キロ圏に点在する小児病院15か所に直接搬入、手渡した。 ビザの問題や薬・ミルクの買い付け、税関の問題に加えて、7万ドルの大量物資だけに、ヨルダン軍当局のチェックなどで手間取り、20日にアンマン入りして、バグダットに発ったのは8月4日の夕方。大幅なスケジュール変更を余儀なくされた。
●医療が届かぬ現場に救援を●
次の日、バグダッドの誤爆地およびアロウィヤ孤児院を視察した一行の救援活動は、翌6日から本格的に始まった。日中50度にも達する炎天下の中を駆け回り、荷下ろししては各病室を巡ってミルクの手渡し。下痢、発熱、婦人病、栄養失調と病気併発で母子ともに生命の危機にさらされ、ただ死を見つめるだけの現状が目の前に---。日本から運んだ5万本の注射針は、いく先々の小児病院で医師の目を輝かせた。9日にはバグダッドから北は400キロ、イラク第2の都市、クルド族も多く住むモースルを訪ね、400箱余りの粉ミルクと注射針18000本を贈呈し、全ての物資を配り終えた。
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