第3回GRS海外協力事業

タイ・カンボジア難民視察団
1984年(昭和59年)10月5日〜14日



ジェンデル将軍(中央)に義援金と物資を贈呈した、石塚民幸団長(右)と五味武総括(左)
 

配給された米を運ぶ子供たちと、そのあとには兵士の姿も見られる
 

アフガン、アフリカの難民より、比較的食糧事情がよくなったカンボジア難民
 

混迷続くインドシナ情勢。アジアの火薬庫といわれ、大量の難民をつくりだしている。流浪の民は安息の地を求めタイ国境に流れ込み、今や難民問題はタイの国内問題ばかりでなく、アフガン、パレスチナ、そしてアフリカ諸国の難民を含め、世界の最重要課題となっている。 そして81年9月、民主カンボジア建設をめざす三派連合の結集を見た。しかし、ソ連、中国、さらにはアメリカ、超大国の利害と三角関係によって踏み荒らされ続けるインドシナは、まだまだ混迷は続きそうである。 本年4月15日、ベトナム軍はソンサン派やクメールルージュの難民キャンプに一せい放火を浴びせたうえ、戦車を先頭にキャンプを焼き払い、難民やソンサン軍兵士を多数殺傷し、タイ国境まで侵入してきた---。 世界難民救済民間機構(石塚民幸会長)と獅子の会(五味武代表)は、民主カンボジア、ソンサン派難民キャンプを視察、義援金・物資300万円相当を贈った。

●GRS活動夜話A●
昭和50年(1972年)5月頃、ベトナムのボートピープルが日本に上陸して来た。第三国への通過難民たちで、各地でホームステイした。国会タイムズ主催の「東京都を明るくしよう会」は、母子家庭と一緒に彼らを慰問し、食料品、日用品、文具品などの支援物資を贈り続けた。この活動がのちのGRS発足につながっていった。




















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